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民事信託の実務(高齢者の財産管理)

事例~自宅不動産の管理処分のために~

1.事例

埼玉県川越市に住むB(48歳)からの相談である。

Bの父親A(85歳)は、10年前に妻が他界した後、長野県長野市に一人で暮らしてきたが、3年程前から、体力だけではなく気力にも変化が見られ、日常生活や財産管理に困難を伴う用になってきた。

 そこで、Aは、埼玉県川越市にあるB夫婦の家で一緒に暮らすこととなった。

Aは、慣れない土地での生活に多少の戸惑いはあったが、転居してから半年が経ち、現在は、趣味のカラオケのレッスンに励むなど充実した生活を送っている。

 しかし、Aは、長野県長野市の自宅(土地建物)が空き家となていることを心配している。

Aは、体力と気力の衰えを自覚していることから、Bに自宅の管理又は処分等の行為を任せることはできないかと考えている。

Aの自宅の管理又は処分等の行為をBに託すためには、どのような方法が考えられるだろうか。

 

2.家族関係

父親A(85歳)

娘B(48歳)

Bの夫C(45歳)

 

スキームの提案

このような相談があった場合に考えられる提案を以下のように検討する。

(1)現状を維持する

 現状を維持して、特に手を打たない場合について検討する。

この場合、相続開始までの間に、怪我、病気等でAの判断能力が低下してしまうと、不動産の管理処分は凍結されてしまう。

Aの判断能力が低下した後、施設入所費用や病院代の支払のために不動産を売却する必要が生じた場合は、成年後見制度を利用することになる。

 

(2)生前贈与

 AからBに対して、現時点で不動産を生前贈与する場合について検討する。

この場合、贈与契約によってAからBに不動産の所有権が移転する。

したがって、不動産の管理又は処分は、受贈者であるBが行うことになるし、不動産の売却代金は、Bに帰属する。

 生前贈与の際には、贈与税が課税されるため、相続時精算課税制度を利用することを視野に入れる。

その他、登録免許税(2%)、不動産取得税(3%)が課税される。

また、不動産を売却した場合には、譲渡所得税(20%)が課税される。

 

(3)成年後見制度

 Aについて成年後見制度を利用する場合について検討する。

現時点では、Aの判断能力は低下していない。

従って、Aについて任意後見契約を締結するか、判断能力が低下してから法定後見開始の申立を行うことになる。

 法定後見制度を利用した場合、居住用不動産の売却のときには、家庭裁判所の許可が必要となる。

また、任意後見制度を利用した場合には、家庭裁判所が任意後見監督人を選任することになる。

その他、家庭裁判所による監督、専門職が就任した場合の報酬、後見人としての職責など、後見制度の趣旨を理解してもらう必要がある。

 

(4)民事信託

 Aのための財産管理として、民事信託を利用する場合について検討する。

 Aを委託者兼受益者、Bを受託者として不動産管理処分信託契約を締結することを提案した。

信託の目的は、受益者の安定して生活及び財産に見合った最善の福祉を確保することである。

 受託者であるBは、委託者兼受益者であるAのために、信託目的に従って財産管理を行うことになるため、Aのための財産管理という目的に適うことになる。

自宅不動産は、受託者であるB名義となるため、信託契約の内容にもよるが、Bの判断だけで管理又は処分等の行為をすることが可能となる。(ただし、事案によっては受託者の裁量を制限することもある。)

税負担の点では、委託者兼受益者をAとする信託(自益信託)を設定する場合、登録免許税(0.4%但し土地については平成31年3月31日までは0.3%)のみで、生前贈与による場合と異なり、不動産取得税も課税されず、贈与税も課税されない。

 信託を設定した場合、自宅不動産は、受託者であるB名義となるが、課税関係においては、受益者であるAを実質的な所有者であると考える。

受託者であるBが自宅不動産を処分した場合、Aが自宅不動産を処分したものとして捉え、税務上の要件を満たす限り、譲渡所得税において、居住用不動産における3000万円控除の特例や買換の特例の適用を受けることが可能となる。

 

不動産管理処分信託契約書

委託者Aと受託者Bは、本日、以下のとおり信託契約を締結する。
(信託の成立)
第1条 委託者は、次条に定める目的のために、受託者に対し、委託者が有する第3条の財産を信託し、受託者はこれを引き受けた。
(信託の目的)
第2条 本信託は、受託者が次条の財産を管理、運用又は処分することによって、受益者の安定した生活を支援し、もって受益者の福祉を確保することを目的とする。
(信託財産)
第3条 本信託の信託財産は、別紙「信託財産目録」記載の財産とする。
(信託財産に属する財産の移転手続等)
第4条 委託者は、本信託成立後遅滞なく、受託者に対し、信託財産に属する不動産(以下「信託不動産」という。)を引き渡す。
2 委託者及び受託者は、信託不動産について、所有権の移転及び信託の登記手続等を行う。
3 委託者は、本信託の成立後遅滞なく、受託者に対し、金銭を交付して信託財産に属させるものとする。受託者は、信託財産に属する金銭について、受託者の固有財産たる口座と分別することができる受託者としての肩書を付した専用口座を開設し、管理及び運用をするものとする。
(受益者)
第5条 受益者は、委託者Aとする。
(受益権の処分禁止)
第6条 受益者は、受託者の同意がない限り、受益権に関し、譲渡、質入その他の担保設定等の処分をすることができない。

(期間)
第7条 本信託の期間は、本契約締結時から第21条による本信託の終了時までとする。
(信託財産の管理及び運用)
第8条 受託者は、受益者の身上に配慮した上、受託者の裁量により、信託財産の管理又は運用を行う。
2 信託不動産につき賃貸借契約を締結する場合、受託者は、自らの裁量において賃料その他の諸条件を決定するものとする。なお、受託者は、信託の目的に反しない限りにおいて、信託不動産の一部を自ら使用し、又は第三者に使用貸借させることができる。
3 受託者は、収受した賃料については、第4条第3項の専用口座において管理するものとする。
4 信託不動産の修繕又は改良は、受託者が相当と認める方法において行い、その時期及び範囲については、受託者が自らの裁量で決定するものとする。
5 受託者は、信託不動産を対象として付されている損害保険について、受託者名義に変更しなければならない。
6 受託者は、信託事務の一部を受託者が相当と認める第三者に再委託することができる。

(信託不動産の換価等の処分)
第9条 受託者は、心身等の状況により、受益者が医療施設、有料老人ホーム、特別養護老人ホーム等に入所するのが相当と認めたとき、疾病等の理由で、受益者の財産が医療費等の支払に不足するとき、又は信託不動産の老朽化等によりその管理が難しいと判断したときは、適切な時期に信託不動産を売却し、解体する等の処分をすることができる。
2 受託者は、前項の事情があるときは、信託不動産につき、受益者又は受託者を債務者とする担保設定をすることができる。
3 受託者が、信託不動産について、換価処分又は担保設定をしたときは、それらの手続に要した費用を控除した換価金又は借入金の残金を信託財産に属する金銭とする。
4 受託者が、受益者を債務者として、信託不動産について担保設定をしたときは、受益者は、その手続に要した費用を控除した借入金の残金につき、追加信託しなければならない。
5 受託者は、本条第1項及び第2項に定める場合を除き、受益者の同意がない限り、信託不動産について、換価、担保設定等の処分をすることができない。
(信託事務の処理に必要な費用)
第10条 信託不動産に関して支払われる公租公課、水道費、光熱費等の公共料金、損害保険料、第4条第2項に係る登記費用、その他の信託に必要な諸費用(以下「信託費用」という。)は、受益者に対して前払を受ける額及びその算定根拠を通知することなく、信託財産に属する金銭の中から支弁するものとする。受託者が信託事務を処理するために自己に過失なく受けた損害の賠償についても、同様とする。
2 信託財産に属する金銭が信託費用に不足する場合、受託者は、計算根拠を明らかにした上で、受益者に前払の請求をし、又は事後に不足分を請求することができる。
3 受託者が、自己の固有財産から信託費用を支弁したときは、信託財産に属する金銭の中から償還を受けることができる。

(追加信託)
第11条 委託者は、受託者と協議の上、本信託の目的の達成のために、金銭を追加信託することができる。
(受益者に対する金銭の給付等)
第12条 受託者は、信託不動産を第三者に賃貸した場合は、受益者に対し、その収益から信託費用を差し引いた金員の中から、受託者が相当と認める額の生活費等を手渡し、又は受益者の銀行口座へ振り込む方法により給付する。
2 受託者は、前項に定める給付方法の他、受益者に係る医療費、療養看護費、施設入所費、施設利用料等として、それらの関係機関に対して直接支払うことができる。
3 受託者は、第9条の信託不動産の換価等の処分によって信託財産に属することとなった金銭についても、前2項の方法により、給付等を行うことができる。
(受託者の義務)
第13条 受託者は、本信託の本旨に従い、受益者の利益のために忠実に信託事務の処理その他の行為を行い、かつ、善良なる管理者の注意をもって信託事務を遂行するものとする。
なお、この義務を怠らない限り、信託財産の価額の下落その他の原因の如何にかかわらず、受益者又は信託財産に関して生じた一切の損害等について、委託者及び受益者に対して責任を負わない。
2 受託者は、信託財産を自己の固有財産と分別して管理しなければならない。
3 受託者が第8条第6項の規定に基づき信託事務の一部を第三者に委託するときは、委託先を適切に指導及び監督するものとし、委託先の債務不履行について責任を負うものとする。ただし、委託先の指導又は監督に過失がないことを証明した場合は、この限りでない。
4 受託者は、第19条に定める各計算期間の末日における信託財産の状況を、現金出納帳、預金通帳及び固定資産の評価証明書を提示する方法により、遅滞なく、受益者に報告するものとする。

(受託者の辞任)
第14条 受託者は、受益者の書面による同意を得て辞任することができる。ただし、受託者が心身の状態等により信託財産の適切な管理等ができないと自ら判断したときは、受益者に通知することにより、辞任することができる。
(受託者の解任)
第15条 受益者は、次の各号に定める場合には、受託者を解任することができる。
(1)受託者が法令又は本契約に定める義務に違反し、受益者の是正勧告から1 か月を経過しても是正されないとき。
(2)受託者に競売開始、破産手続開始又は民事再生手続開始の申立てがあったとき。
(3)受託者が仮差押え、仮処分、強制執行又は公租公課の滞納処分を受けたとき。
(4)その他受託者として信託事務を遂行し難い重大な事由が発生したとき。
(受託者の任務の終了)
第16条 受託者の任務は、次に掲げる事由により終了する。
(1)受託者が死亡したとき。
(2)受託者が後見開始又は保佐開始の審判を受けたとき。
(3)受託者が破産手続開始の決定を受けたとき。
(4)受託者が辞任したとき。
(5)受託者が解任されたとき。

(後任受託者)
第17条 受託者に前条の事由が発生したときの後任の受託者(以下「後任受託者」という。)として、次の者を指定する。
住所埼玉県川越市△△町一丁目10番21号
氏名C
生年月日昭和45年3月16日
委託者との関係委託者の長女Bの夫
2 後任受託者は、法令及び本契約に基づき、前受託者から受託者としての権利義務を承継し、信託不動産の受託者の変更による所有権の移転の登記手続及び金銭の引継ぎを行う等、必要な手続を行わなければならない。
(報酬)
第18条 受託者の報酬は、これを支給しない。
(信託の計算期間)
第19条 信託に関する計算期間は、毎年1月1日より同年12月31日までとする。計算期間の末日を計算期日とする。ただし、最初の計算期間は、本契約締結の日からその日の属する年の12月31日までとし、最終の計算期間は、直前の計算期日の翌日から信託の終了日までとする。
(信託の変更)
第20条 本信託は、委託者、受託者及び受益者の合意により、これを変更することができる。

(信託の終了)
第21条 本信託は、委託者、受託者及び受益者の合意により、将来に向かってこれを終了させることができる。
2 本信託は、前項の場合のほか、次に掲げる事由により終了する。
(1)委託者が死亡したとき。
(2)信託財産が無くなったとき。
(3)その他法定の終了事由に該当するとき(ただし、信託法第164条第1項の規定
による終了の場合を除く。)。
(清算受託者及び清算事務)
第22条 清算受託者は、信託終了時の受託者とする。
2 清算事務に要する費用は、全て信託財産から支弁する。ただし、信託財産が清算事務に要する費用に不足するときは、清算受託者は、帰属権利者に対して不足額を請求することができる。
3 清算受託者は、現務を結了し、信託財産を帰属権利者に引き渡す等の清算手続をうものとする。
(残余財産の帰属)
第23条 本信託が終了したときは、残余の信託財産は、受益者であるAに帰属する。ただし、第21条第2項第1号により本信託が終了したときは、残余の信託財産は、Bに帰属する。なお、Bが死亡している場合には、Cに帰属する。
上記のとおり、当事者間において合意が成立したので、各当事者は署名押印の上、各1通を所持する。

 

信託財産目録

信託財産目録
1.不動産
所在 長野市〇〇町
地番 10番10
地目 宅地
地積 358.12㎡
所在 長野市〇〇町10番地10
家屋番号 10番10
種類 居宅
構造 木造かわらぶき平家建
床面積 158.12㎡
2.前記1.記載の不動産の外部に設置した設備並びに室内に存在する設備及び家具の一切
3.金銭
金50万円
以上