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民事信託の活用事例

事例1 不動産賃貸からの隠居~資産活用を次代に委ねる~

1 家族関係

被相続人:父

相続人:先妻の子 長男  二男

    妻 鶴代(80歳)

    子 愛子(56歳)

親戚:卓也〈53歳)

2 財産関係

1.亡父の遺産(遺産分割調停中)

①自宅の土地建物 評価額 約4000万円

②月極駐車場 評価額 約3000万円

③賃貸アパート 評価額 約1800万円

④預貯金その他の財産 約2000万円

 

2.母梨田鶴代の財産

①自己所有の土地上の貸家 7棟

一部は老朽化し、朽廃寸前である

②月極駐車場 2物件

*判断能力に問題はないが、高齢で、将来の判断能力に不安

*足腰が衰えており、移動は困難

*建物取壊し等の交渉が、今後必要

3 解決すべき問題点

①母親の財産管理

銀行の本人確認が厳しく、預金の引き出しに母親と同行しなければならない

②母親の将来の認知症対策

③老朽化した家屋をどうする?

④遺産分割調停で将来取得する財産の管理

⑤母親には積極的な資産活用の能力はない

融資等も、年齢的に受けられない

*母親は、愛子を信頼しており、積極的に資産を活用してもらいたい

4 民事信託を用いた解決方法

1.民事信託による解決

問題解決の手段として、成年後見制度があるが、判断能力が衰えたあとの制度であるし、家庭裁判所の監督下で財産を保護するための制度であって、積極的に資産の活用をしたり、相続税対策には使えない。

一方、民事信託をすれば、判断能力が衰える前に、幅広い受託者の裁量によって資産活用を図ることができる。

 

委託者兼受益者:母 鶴代

受託者    :愛子

受益者代理人 :親戚 卓也

信託財産(所有権移転)

①保有する不動産全て

②預貯金の内数百万円

③将来遺産分割で取得する不動産

 

2.受託者の権限

受託者である愛子は、不動産の所有権を取得するが、受益権を委託者に留保することで贈与税は課されない。

信託契約の範囲内で幅広い裁量を行使でき、以下のような処分が可能である。

なお受益者代理人である親戚は、受託者を監視したり、重要事項の決定についての同意権を持っている。

①不動産の売却

②老朽化した建物の補修・解体

③新たな建物の築造

④現賃借人との立ち退き交渉

⑤金銭の借入・担保権設定

➅預貯金の管理

 

3.受託者の行った処分

①信託財産に属する不動産を売却したり、信託財産に属する金銭で新たに不動産を購入した

②遺産分割調停が終了し、一旦梨田鶴代に相続登記をした後、受託者に所有権移転登記をした

③境界紛争が発生し、受託者が原告となり、境界確定訴訟を提起した④

 

5 信託登記申請

1.母鶴代の不動産の信託登記

登記の目的   所有権移転及び信託

原因      平成年月日信託

権利者     梨田愛子

義務者     梨田鶴代

添付書面    通常の所有権移転に必要な書面に加え、「信託目録に記録すべき情報」

課税価格    不動産価格

登録免許税   移転分 非課税(登録免許税法7条1項1号)

        信託分 1000分の4(土地の場合1000分の3 租税特別措置法72条1項2号)

 

信託条項   一信託の目的

        財産の管理・運用・処分

       二信託財産の管理・運用及び処分の方法

       1.信託不動産の維持・保全・修繕又は改良は、受託者が適当と認める方法、時期及び範囲において

         自らの裁量で行う。また受託者は必要に応じ、建物の解体、新たな建物の建設、信託不動産の売却

         購入、担保権の設定をすることができる。

       2.受託者は、信託不動産の管理事務の一部については、受託者が相当と認める第三者(以下 管理受託者)

         に委託することができる。

       3.受託者は、信託不動産の管理事務を遂行するために必要があれば、信託不動産の一部を無料で使用

         することができる。また前項で選任した管理受託者に無償で使用させることができる。

       4.受託者は、信託不動産を譲渡し、取壊し、新たな信託不動産を取得または建築し、又は抵当権・質権

         譲渡担保権その他の担保権を設定するときは、受益者代理人の書面による同意を要する。

 

2.信託財産に属する金銭で不動産購入

登記の目的 所有権移転及び信託財産の処分による信託

原因    平成年月日 売買

 

3.信託財産に属する不動産の売却

登記の目的 所有権移転及び信託登記抹消

原因    所有権移転 平成年月日

      信託登記抹消 信託財産の処分

 

事例2 株式信託による事業承継~後継者に議決権を委ねる~

1.株式会社Aの状況(問題点)

発行済株式の100%を、創業者の和夫が保有している。

しかし和夫は体調を崩しており、後継者である将也に早期に株式を譲渡したいと考えている。

しかし、贈与税等の負担を考えると、直ちに将也に全株式を譲ることはできない。

 

2.民事信託による解決

委託者を和夫、受託者を将也とする民事信託により、全ての株式の所有権を将也に移転する。

受益者たる和夫には、剰余金の配当や残余財産の分配受領権限がある。

株主の権利の内、共益権(議決権等)は受託者たる将也が行使することができる。

委託者たる和夫に、指図権を契約に盛り込むことで、和夫が将也に議決権の行使について指図することができる。

 

3.信託の特殊な機能

①委託者が死亡した時は信託が終了し、株式は全て将也に移転するように定めておく。

遺言の代用となる。

②和夫の一方的意思表示で、信託契約の解除ができるようにしておく。

後継者としてふさわしくない場合には、株式を取り戻すことができる。

③受託者を変更すれば、別人を株主にすることもできる。

親族外の第三者に一時的に株式を信託することも可能。

 

事例3 二次相続のリスクに備える~将来の相続に条件付を~

1 家族構成と問題点

1.家族関係

被相続人:北条一孝(5年前に死去)

相続人:妻 北条宣子(82歳)

    長男 北条悟(52歳)・・離婚した妻との間に二人の子供がいる

    長女 北条理沙(49歳)・・アメリカ人と結婚し、日米を半年ごとに行き来している。

                  将来は日本の家に住みたいと思っている。

 

2.問題点

自宅には、北条宣子、北条悟、北条理沙の3名が同居しているが、不動産の登記名義人は北条一孝のままである。

3名がこの自宅に住み続けるにはどうしたら良いのか?

 

①北条宣子名義に相続登記をするか?

問題点→近い内に二次相続が発生する可能性

②北条理沙名義に相続登記をするか?

問題点→米国人の夫に相続される可能性

③北条悟名義に相続登記をするか?

問題点→元妻や交渉のない子供に相続される可能性

 

2 民事信託による解決

北条宣子、北条悟、北条理沙の死亡の順番は6通り考えられる。

従って、信託契約に適切な条項を盛り込むことで、どのような順番で死亡しても、自宅に住み続けるられるようにできる。

 

1.相続登記未了の自宅の登記

①北条宣子名義に相続登記

②北条悟を受託者として民事信託登記

北条宣子は委託者権受益者として使用収益する受益権を持つ。

北条理沙は受益者の許可をうけて居住することができる定めがある。

 

2.北条宣子が最初に死亡した場合

北条宣子が死亡した場合、受益者を北条理沙とする定めを置いておく。

①北条宣子の次に北条理沙が死亡した場合

信託は終了し、残余財産は北条悟のものとなる

②北条宣子の次に北条悟が死亡した場合

信託は終了し、残余財産は北条理沙のものとなる

 

3.北条悟が最初に死亡した場合

北条悟が死亡した場合、受託者を北条理沙とする定めがある

①北条悟の次に北条理沙が死亡の場合

信託は終了し、残余財産は北条宣子のものとなる

②北条悟の次に北条宣子が死亡の場合

信託は終了し、残余財産は北条理沙のものとなる

 

4.北条理沙が最初に死亡した場合

北条理沙は委託者、受託者、受益者ではないため、信託契約に変更なし

①北条理沙に次に北条宣子が死亡した場合

信託は終了し、残余財産は北条悟のものとなる

②北条理沙の次に北条悟が死亡した場合

信託は終了し、残余財産は北条宣子のものとなる

 

3 登記例

北条悟が最初に亡くなったため、受託者を北条理沙とする受託者の変更登記を理沙が単独で申請した

 

登記の目的 所有権移転

原因    平成年月日 受託者死亡による変更(前受託者 北条悟)

権利者(申請人)北条理沙

登録免許税 非課税

 

事例4 将来の自宅売却に備える~認知症になる前に~

1 家族関係とライフプラン

1.家族構成と財産

父:78歳、自宅居住

母:69歳、自宅居住

子:49歳 県外居住

父親名義の自宅の土地評価額1000万円 建物評価額300万円

 

2.ライフプラン

①父と母が住んでいる実家は、数年後に売却予定。

その後、売却代金を息子に贈与し、相続時精算課税制度を利用したい。

②贈与を受けた売買代金をもって、息子が高齢者向けの介護付きマンションを購入し、父と母に住んでもらいたい。

③今後数年の間に父が認知症になると、売却不可。

 

2 解決策

解決策① 今から息子に不動産贈与

自宅の土地建物を息子に贈与

税金シミュレーション

登録免許税 約26万円(贈与時)

不動産取得税 約24万円(贈与時)

譲渡所得税 約342万円(売却時)

(取得費不明で1800万円で売ったとして)

合計400万円弱のコスト

 

解決策② 成年後見制度利用

現時点では対策をせず、父が認知症になってから成年後見制度を利用

①認知症にならなければコストが安い

②専門職後見人がついた場合の報酬コスト

③裁判所の判断により売却できない可能性がある

④売却代金を息子に贈与するための家庭裁判所の説得が困難

 

解決策③ 民事信託の活用

息子を受託者として土地建物を信託する

税金シミュレーション

不動産取得税 0円(信託時)

登録免許税  約5万2000円(信託時)

譲渡所得税  0円(売却時)

譲渡所得税については、マイホーム売却に関する3000万円控除の特例を利用

受益者が父であるため、父の居住用土地建物の売却として特例を利用できる。

 

3 民事信託活用

1.信託設定後の状況変化

①売却前に父が死亡した場合

→信託を継続したまま、受益者を母に変更し、母についての譲渡所得税の特例を利用する

②売却前に両親ともに死亡した場合

→信託を終了させ、息子の財産とする

③売却が完了した場合

→信託を終了させ、残余財産の金銭の帰属を息子に指定。事実上の贈与となる。

 

2.信託設定の評価

・認知症に備えて売却予定の不動産のみを信託すれば、認知症になっても受託者の裁量で売却できる。

・課税関係は受益者について判断する。

受益者の居住用不動産であれば、譲渡益課税について3000万円の特例が利用できる。

・信託の終了原因に合わせて、残余財産の帰属権利者を変えることができる。

 

事例5 適切な所有権名義とは?~権利能力なき社団~

1 問題の所在

1.問題の不動産について

観光地にある広大な土地を、地域住民89名からなる権利能力なき社団が所有している。

賃料は年間2000万円以上の収入がある。

固定資産評価額は8億円。

権利能力なき社団名義での登記ができないため、その代表者名義で登記している。

 

2.お金の流れ

①賃料は権利能力なき社団の収益として法人税を申告

②法人税を払った残りを、地域住民89人に分配

③地域住民は、雑所得として、所得税の申告

 

3.問題

①固定資産税が代表者個人に課税される

②その自治体では、不動産の所有者の国民健康保険料が上がる仕組みとなっている

③数年に一度、委任の終了による登録免許税が1600万円

 

2 解決方法

1.認可地縁団体の設立

・その区域に住所を有するすべての個人が構成員になれるという規約が必要

・赤子から老人までが構成員になり、地域住民89名の間での賃料の分配ができなくなる可能性が高い。

 

2.法人を新規設立して売却する

・法人が買い取り費用を用意しなければならない

・不動産取得税、譲渡所得税、登録免許税などで数億円必要

・現物出資としても、不動産取得税、譲渡所得税、登録免許税は必要

 

3.法人を新規設立して信託

委託者・受益者:権利能力なき社団

受託者:新規設立法人

税金シミュレーション

登録免許税    240万円

不動産取得税      0円

譲渡所得税       0円

一般社団法人設立  12万円

合計       252万円

これだけの負担で、半永久的に委任の終了による登記および国民健康保険料の増額の負担から免れることができる

 

3 信託した場合

1.事務の流れ

・賃貸人は、受託者となった新規設立一般社団法人

・一般社団法人は回収した賃料を、受益者である権利能力なき社団に送金

・固定資産税は一般社団法人に課税

・権利能力なき社団は受益者として、賃料に付き法人税の申告

・法人税を払った残りを、89名に分配し、89名は雑所得として申告

 

2.受益者に関する問題点

・委託者と受益者は不動産の所有者である代表者個人とせざるを得ない(昭和59年3月2日民三第1131号民事局長回答)

・受益者は、信託の併合、信託の分割、委付による受託者の固有財産となった旨の登記の際には登記申請をしなければならない。

・代表者が替わるたびに、受益者の変更時が必要になる

 

3.受益者欄に個人の名前を記録しない方法

次のいずれかを登記した場合、受益者の住所氏名を記録する必要がない(不動産登記法97条2項)

①受益者代理人

②受益者の指定に関する条件又は受益者を定める

 

〈受益者に関する事項欄〉

権利能力なき社団である〇〇自治会が受託者に対して通知するすることで、信託目録上の受益者を指定し、又は変更することができる。

*受益者指定権等(信託法89条)の規定を盛り込むことで、受益者を定める方法の定めを登記したとして、受益者を記録しなかった。

 

事例6 共有不動産の管理の一元化~分散化された所有権の集約

1.共有不動産の問題点

大規模なビルの所有者が、税理士のアドバイスに従って、家族4人に毎年、贈与税の非課税枠である110万円の持分を

毎年贈与していた。

権利関係が複雑化し、将来の相続リスクを招く可能性があった。

所有権を一元化して、権利関係を感銘にすることが必要。

 

2.信託を活用した解決方法

委託者兼受益者:ビルの所有者とその家族

受託者:新規設立の法人

 

事例7 浪費者の支援のために~資産の管理を身内に委ねる~

1.家族関係と問題点

父が死亡し、相続人は、長男、二男、長女、次女の4名である。

父の遺産である5000万円を4人で分けることになるが、長男には浪費癖があり、二男にたびたび援助を求めていた。

 

2.信託を利用した解決

①法定相続人全員で遺産を平等に分ける。

 長男に1250万円を分配。

②長男と二男の間で信託契約を締結。

二男が1250万円を受託者として管理し、毎月一定金額を長男に支給する

③長女と次女が信託監督人に就任。

定期的に二男が管理している預金通帳を確認する。

④急な医療費が必要になったときなど、状況に応じて臨時の金銭を給付する。

⑤ある程度の遊興費なども、話し合いで給付する。

 

事例8 障害を持った子のために~受益者連続型信託~

1.家族の背景

父親:82歳

母親:すでに他界

息子:59歳 知的障害者

親戚:息子を支援している

 

息子の生存中は息子のために財産を使い、息子の死後は親戚に財産を譲りたいと考えている。

 

2.信託を活用した解決方法

委託者兼受益者:父親

受託者:新規設立法人

法人の役員:親戚

信託しない財産は遺贈を検討

 

3.父親が死亡した場合

①受益者を父親から息子に変更

②息子に成年後見人を選任し、息子の身上監護と財産管理を行う

③受託者の監督は、成年後見人が行う

 

4.父親も息子も死亡した場合

①受益者を息子から親戚に変更

②信託を終了させ、残余財産を親戚に給付することも可能

③父親の生前の意思に従い、一部を公益目的に寄付することも可能