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被相続人が中国人の相続登記

事例

来日して数十年の中国人の男Aが、遺言をすることなく死亡した。

日本人妻BがA名義の不動産の相続登記を行う。

Aが来日する前に中国人女Cと婚姻、離婚をしており、婚姻中に女子Dが生まれていた。

またBと婚姻後、Bと先夫の間の子日本人女子Eは養子縁組をしていないが同居していた。

 

相続の準拠法に関する検討

1.相続に関する準拠法

日本の国際私法である「法の適用に関する通則法(以下「通則法」)は36条で、「相続は、被相続人の本国法による」と定めているため、中国法によることになる。

しかし、中国の国際私法である「渉外民事関係法律適用法」は遺言のない場合の相続について、31条で「法定相続については、被相続人の死亡時の常居所地法を適用する。ただし、不動産の法定相続については、不動産の所在地法を適用する」となっている。

そこで「通則法」41条が「当事者の本国法によるべき場合に、その国の法に従えば日本法によるべきは、日本法による」といわゆる「反致」を定めているため、結局、日本の法である民法によることになる。

 

2.継親子に関する準拠法

相続に関する準拠法が日本の民法となったとしても、誰が相続人となるのかという先決問題が存在する。

Eとの関係を考える。

AとEとの関係は日本の民法上は継親子関係であり、1親等の姻族であって、相続関係は発生しない。

中国人が父の場合にも同じように考えてよいかが問題となる。

継親子関係については「出生以外の事由により嫡出姓を取得する場合の嫡出親子関係」と理解して、通則法30条1項が「子は、準正の要件である事実が完成した当時における父若しくは母又は子の本国法により準正が成立するときは、嫡出子の身分を取得する」を類推適用するという説が支配的である。

そこで父Aの本国法である中国の「法律適用法」25条には「親子間の身分、財産関係については、共通の常居所地法を適用する」と規定されているものの、「親子間の身分、財産関係」とは保護・教育の権利義務、法定代理権、居所の指定等のことを規定しているのであって、親子関係の成立について規定しているわけではないと考えられている。

従って、日本法に反致しないと考えることになる。

そこで中国の実質法である「中華人民共和国婚姻法」27条2項に「継父又は継母とその扶養教育を受ける継子女との間の権利及び義務については、本法の親子関係を適用する」と定められているため、AとEが共同生活を送っており、「扶養教育」の実態がある場合には、養子縁組がなくとも、親子関係が成立し、結果としてEはAの法定相続人となる。

 

相続人の特定と相続を証する書面

相続登記には、次の内容を証明する書類が必要である

①被相続人の死亡

②法定相続人

③他に相続人がいないこと

 

しかし日本のような本籍概念のない国も多く、①②は証明できても③まで証明できない場合もある。

その場合、相続人全員の「私達は被相続人◯◯の相続人であり、私達以外に相続人はいないい。」旨の宣誓供述書を認証してもらって③の事実を補強しているのが実情である。

 

中国の身分登録制度

1958年1月に現在も身分登録制度の根幹である「戸口登記条例」が施行され、「戸口」と呼ばれる、本籍登録と住民登録を併せ持った戸籍制度が作られた。

1985年6月に「居民身分証条例」が施行され、「身分証」による個人レベルでの管理が開始された。

2001年3月には「全国公民身分証番号サービスセンター」が設立され、2004年1月施行の「居民身分証法」により、第2世代居民身分証には非接触型のICチップが搭載され、全国レベルのコンピューターによる個人データの管理が行われている。

 

「戸口」と「身分証」を管轄するのは公安機関である。

 

しかし、上記①②③のデータが十分に蓄積されているとは言えず、登録事項別証明書や戸籍謄本などは発行されない。

1 戸口制度及び身分証制度は「社会秩序の維持」が目的だった

2 国民の届出、公安機関の職権調査、通知、移記、抹消の不徹底

3 出生死亡は公安機関、婚姻離婚は婚姻登記機関の管轄でデータ交換がされていなかった

 

中国における「親族関係公証書」「遺産分割協議書」の作成

1.公証

戸口と身分証を管轄する公安機関が、謄本や証明書を発行しないとすれば、どの機関が相続を証明する書面を発行するのだろうか。

2006年施行の「中華人民共和国公証法」の11条が「契約、相続、委任、声明、贈与、遺言、財産分割、入札、競売、婚姻状況、親族関係、養子縁組関係、出生、生存、死亡、身分・・・・・」を公証機関が処理することを定めている。

 

相続手続きでは、出生、死亡、婚姻、親族関係等を戸口簿、身分証、婚姻証や関連資料を公証処に持参してそれぞれの公証書とし、相続放棄や遺産分割の意思表示は、公証人の面前で申し述べし、声明公証書とする必要がある。

 

本事例では、被相続人と相続人の関係がわかる「親族関係公証書」、相続人の生年月日や住所を確認できる「出生公証書」等を集める必要がある。

 

2.具体的手順

妻Bは中国に住むDまたは第三者Fに以下のように書面取得を依頼する

①日本において次の書類を準備し、受任者に送付する

ⅰBの戸籍謄本、パスポートの写し

ⅱ被相続人Aの死亡証明書、パスポート

ⅲAの中国居民戸口簿(または戸口抹消証明書)

ⅳAの相続財産に関する証明書

ⅴFへ委任する場合はその委任状

(注)

中国国内の機関へ提出する書類は、外務省の公印確認を受けた後、駐日中国領事館の領事認証を受けることを要する。

従って委任状は私署証書なので、公証役場で認証を得てから、公証人の所属する法務局長の押印証明を受け、その後外務省および駐日中国領事館の認証をうけることになり、4段階が必要となる。

 

②日本のBからの書類を受領したDまたはFが、自らの居民戸口簿、居民身分証と委任状等を持参して以下の書類を取得する

ⅵ戸口所在地の公安部門などにあるAとDの親族関係資料

ⅶ民生部門発行のAとCの婚姻、離婚関係資料

 

③DもしくはFは上記で準備したⅰ~ⅶの証明書や委任状及び自らの居民戸口簿、居民身分証を持参して、管轄の公証処へ出頭し、Aに関する親族関係公証書やDの出生公証書を取得する。

さらにDは「妻Bが被相続人A名義の不動産を相続する」旨の遺産分割協議書を作成する。

遺産分割協議書の作成方法としては次の2つが考えられる。

a)Dが公証人の面前で協議内容を申し述べ署名し、声明公証書とする

b)Dが公証処で署名公証書か印鑑公証書を作成し、別に作成した遺産分割協議書にその筆跡で署名または押印すること

 

日本における法務局への登記申請

中国から①Aに関する親族関係公証書、②Dの出生公証書、③遺産分割協議に関する声明公証書(もしくは遺産分割協議証明書及び署名公証書等)を受け取ったBは、法務局へ不動産の相続登記を申請する。

Bは、申請に際して、中国語の書面の翻訳文を作成することに加えて、次の書面を準備する

ⅰ Aの死亡に関する記載がある住民票の除票

ⅱ Aとの婚姻に関する記載があるBの戸籍謄本

ⅲ Aの外国人登録原票

ⅳ Bの遺産分割協議証明書(印鑑証明書付き)

ⅵ Bの住民票

加えてAとEの間に継親子関係が成立するのであれば

ⅶ Eの遺産分割協議証明書(印鑑証明書付き)

 

(注)ⅲの外国人登録原票には、「世帯構成員の氏名、出生年月日、国籍及び世帯主との続柄」及び「本邦にある父母及び配偶者の氏名、出生年月日及び国籍」が2012年7月9日に外国人住民票制度が導入される以前の親族関係を推認させる情報として取り扱われているからである。

また、Aの中国での戸口所在地を知る手がかりとしても利用できる。

 

在日中国人の遺言における問題

事例ではAが遺言をしていなかったが、もしAが遺言をしていた場合、その準拠法はどうなるのだろうか。

中国の「法律適用法」33条が、遺言相続に関し「遺言の効力については、遺言者の遺言作成時又は常居所地法又は国籍国法を適用する」としており、常居所地法及び国籍国法の選択的適用を定めている。

しかし、反致が認められるのは「その国の法に従えば日本法によるべきとき」(通則法41条)であり、選択的規定ではその条件を満たさないため、結局中国法によって遺言の内容を判断することになる。

そうすると「中国人民共和国継承法」に従う必要があるため、以下の内容を検討する必要が出てくる。

 

①法定相続人及びその順位(継承法10条~12条)

「第1順位:配偶者、子及び父母」

「第2順位:兄弟姉妹、祖父母、外祖父母」

配偶者には法律婚の他、事実婚の関係にある配偶者も含む

子には実子、養子、扶養関係にある継子

配偶者を亡くした夫又は妻が扶養義務を尽くした場合、その義父、義母も相続人となる

 

②相続分(継承法13条)

「同一順位の相続人の遺産相続分は、一般に均等である。」(1項)

「生活上特殊な困難があり労働能力が欠乏する相続人に対しては、遺産を分配するときに配慮するべきである。」(2項)

「被相続人に対して主要な扶養義務を尽くした相続人、あるいは被相続人と共同生活をしていた相続人は、遺産を分配する時に多い割合を受けることができる」(3項)

「扶養能力と扶養できる条件がありながら扶養義務を尽くさなかった相続人は、遺産を分配する時に全く受けられないか、少ない割合しか受けることができない」(4項)

 

③遺言に対する制限(継承法19条)

「遺言は、労働能力を欠きかつ生活源をもたない相続人に対し、必要な遺産分を留保しなけらばならない。」

これを「特留分」といい、日本の「遺留分」と異なり、遺産が被相続人の債務を清算するのに不足している場合でも、必要額を留保できるとされている。

 

④夫婦共有財産の分割(継承法26条1項)

「夫婦が婚姻関係を継続している間に取得した共有財産について遺産分割をする場合には、約定で除外した物を除き、その財産の半分を生存配偶者の所有とし、残りを被相続人の遺産としなければならない。」

遺産分割の前提として、夫婦共有財産を確定し、その2分の1を除いて被相続人の遺産を確定する必要がある。